機織りと饂飩を桐生にもたらした白滝姫
http://www.pref.gunma.jp/g/03/dentosanpin/ja/trad.html
桐生織物の起こりは古く、7世紀頃。天皇家に仕えていた官女白滝姫(ひめしらたき)が、養蚕と機織を村人に伝えたことが始まりといわれています。
http://www.azuma-udon.com/shirataki.htm
- 賦役で京の都へあがった山田奴久助という者が、女官の白滝と夫婦になり、桐生へ帰った。
- 桐生の山が都の小倉山に似ていることから、今でいう川内五丁目のあたりを「にた山(仁田山)」とし、同一丁目、二丁目あたりを小倉と名付ける。
- 白滝姫は養蚕と機織り、製麺技術(切り麺)を都からもたらした。
- 仁田山郷に一社を建立し白滝姫を機神様として祭神に迎え白滝神社として尊崇される。
- (桐生市史、山田郡誌、桐生の今昔等々の文献を参照)
# 野菜と一緒に煮込む切り麺というのは「にぼと」または「にぼうと」「おきりこみ」と呼ばれる群馬独特の平たい饂飩のことと思われる。京風……とはとても思えないんだけれど、伊勢崎のとは違うのかもしれない。