ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

獏、貘、駁

 しばらく前にサイトの読者の方から謎の置物の写真が送られてきて、これは一体なんというものでしょうかと尋ねられた。伝説上の生き物は、同じものでも作者が違うと別の生き物みたいだったり、同じように見えて実は別の生き物だったりと、いろいろやっかいなこともありそうだったが、送られてきた写真のものは、ほぼ間違いなく貘だと思った。鼻が象のように長く、虎か熊のような肉食獣の手足(つまり蹄がないということ)がついている。
 貘でしょう、と返事をしたら、ご本人からお礼とともに「サイトを見て貘かなあと思ったんですけど、想像してたイメージと違っていて…」というような意味のメールがとどいた。貘は実在の動物のバクと名前が同じ上に姿も麒麟とキリンほどには違わないので、マレーバクみたいなやつが悪夢を食うのを想像してしまうのだろう。そういえば動物園に行くと「夢を食べる貘とは違います」みたいな注意書きがしてあることがある。ちょっとしたネタだと思っていたが本気で聞かれることがあるのかもしれない。
 そもそも悪夢を食う貘は、空想上のものだと言い切るほど荒唐無稽な姿をしていない。実在のバクは鼻先が垂れた感じで、ゾウほどではないものの長い鼻を持っている。足には蹄があるが、馬や山羊のような立派な蹄ではなく、足の長さや体とのバランスで蹄を持つ生き物には見えにくい。これらの特徴を誇張して表現すると「象の鼻、虎の手足」となり、伝説の貘とかなりの部分でイメージが重なる。
 ハードディスクの中身をひっかきまわしていたら、貘についてのメモが出てきたので貼ってみよう。

和漢三才図会(1712年頃 江戸中期 寺島良安)より
 『本草綱目』には、獏は熊に似て頭は小さく脚は低くして毛は黒白の斑紋があり、短毛で光沢がある。または黄色、蒼白色のものもあるといわれ、象の鼻、犀の目、
牛の尾、虎の足。足には力がある。よく銅鐵の固いものや、竹や蛇類を食す。獏の骨は固くて頑丈で、骨芯まで充実しているから髄は少ない。獏の糞は武器となるくらい堅く玉を裁断できるくらいで、その尿は鉄を溶かすほどで、歯や骨は刀や斧で斬ろうとすると刃こぼれするほど固く火で焼いても損なえない。そこで人の中にはこの歯や骨を入手すると、これが釈迦の歯や骨だといつわって舎利塔におさめたりしている。獏の毛皮は座布団や寝具に用いられるが、湿病疾病悪鬼を避けるといわれるので、獏の図を描いて悪疫を避ける風習がある。唐時代には獏を描いた屏風が使われたくらいである。

 『和漢…』の著者は貘についてこれといって考えはないらしく、『本草綱目』という中国の百科事典からの引用で事を済ませている。『本草…』は1596年頃に成立している。
 この文章を読むと、マレーバクジャイアントパンダのイメージが混ざっているように思える。
 熊に似て白黒、竹を食うというあたりはジャイアントパンダのことだろう。鉄を食うという荒唐無稽な特徴は、竹のような固いものを喜んで食べるジャイアントパンダの特徴が誇張されたものだと考えられる。尿が鉄を溶かすというのも同じような連想ゲームだ。
 また、象の鼻、犀の目、牛の尾、虎の足、白黒で短毛、光沢があるというのはマレーバクのイメージに近い。
 はるか東南アジアに生息するバクについて伝え聞くうちに、四川の山にいるパンダと混ざってしまったものと考えられる。パンダもまた深い山で暮らす生き物であるから、都市に住む学者たちが簡単に見ることのできない珍獣であり、特徴が似ているために同じものとして分類されていたのかもしれない。そのことは、中国の古典にジャイアントパンダの記録がまるで見られないことからもわかる。中国の学者がパンダを知らなかったのではなく、貘と同類だと信じて疑わなかったというわけだ。
 

貘屏讃序(中国 唐代 白楽天:772-846 )
 象の鼻、犀の目、牛の尾、虎の足をしていて、南方の山谷の中に住む。その皮を敷いて寝ると邪気をさける。

 これはだいぶ古く『本草…』から800年ほど前の貘のイメージである。貘のイメージはほとんど変わっていない。
 

?(中国 晋代 郭璞 276年生)
 熊に似て小頭、短い脚、黒白の駁。よく銅鉄・竹骨を舐食す。

 何に出てくる文章かメモしそびれてわからないが、おそらく『山海経』という二千年ほど前の書物に出てくる生き物に対して郭璞がつけた注釈の文章であると思う(どこかに引用元の本があるはずなのだが、諸般の事情で現在ひっぱり出せない)。象の鼻という特徴が欠けている。これはジャイアントパンダのことかもしれない。
 
 貘の像は寺や神社で見られる。柱の上のほうで棟木を支えている謎の獣の中に象や獅子とともに貘がいる。東照宮にもいたような気がするし、手近なところでは柴又の帝釈天にもいたような気がするのだが写真がない。帝釈天へはそのうち様子を見に行こうと思う。ちなみに目黒の五百羅漢寺にある貘王の像は、貘ではなく白澤のような気がする。まあ、白澤も瑞獣であるし、貘の親玉なのだと言い張られればそれまでだが。