未曾有
震災以来、誰もが饒舌になって、いろんなことを声高に語るのですが、その一方であたかも自分の言葉を失ったかのように、全員が同じことを言い始めたのが「未曾有の」です。
未曾有の大地震、未曾有の大災害、アナウンサーも政治家も、そこいらのオジサンオバサンも、みなさんそんな言葉を普段から使わないでしょうに、口々に「未曾有の」を唱え続けました。起こったことが大きすぎて、通常の語彙では表現しきれなくなったのかもしれません。
が、正直いって気持ち悪くて仕方がなかったのです。最初の三日くらいはいいですよ。驚きのあまり難しい言葉を毛筆で書いたみたいに聞こえました。しかし一週間二週間と続くうちに100円で買ってきたゴム判をところかまわず押しまくって、しまいには「コイツ意味わかってんのか」みたいに聞こえてくるわけです。たぶんそう思ってたのはわたしだけじゃないでしょう。最近あまり聞かなくなりましたから(笑)
さて、未曾有とはどういう意味でしょう。これは仏教用語だそうです。仏様のすばらしさを表現するインドの言葉を漢文にしたのが未曾有。書き下すなら未だ曾て有らず(いまだかつてあらず)です。
「いまだかつてない」という言葉そのものには良いも悪いもないでしょう。「生まれて初めて見た」くらいの意味じゃないかと思うのです。最初はそれを仏様の御威力はいまだかつてないほど凄いんだぜ、というふうに、良い意味で使っていましたが、今では逆に、桁外れに悪いことに使うようになりました。言葉って面白いですね。
ところで、日常よく使う言葉に、未曾有と同じような意味の言葉がありますが、なんだかわかりますか?
それは「ありがとう」です。漢字で書くと有り難うですから、そうそうあることじゃない、めったにないほど珍しいこと、貴重なことを意味しています。ありがとうという感謝の言葉にはめったにないご厚意をいただきましたという気持ちが込められているわけです。
昔の人は仏様を拝みながら「ありがたや ありがたや」と言いますが、これも同じで、仏様の威力が他に類を見ないほど素晴らしいという意味です。またとない素晴らしいものに出会えたことに感謝する気持ちも含まれているでしょう。
未曾有は悪い意味に使われるようになりましたが、「ありがたい」は悪い意味には使いません。ありがたいお経はアリですが、ありがたい大地震はナシです。言葉って本当に面白い。