ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

マツヤ国の将軍キーチャカ Kichaka について(マハーバーラタ)

http://www.superstock.com/stock-photos-images/1566-416358
 以前、ひょんなことで上記サイトにある写真をみつけました。アディナータ寺院というところにあるレリーフなのですが、頭が一個で体が五つある人の像です。

http://d.hatena.ne.jp/chinjuh/comment?date=20111011#c
 この記事のコメント欄で、Kichak または Kichaka と呼ばれる人物と関係があるんじゃないかと書いてある英語のサイトを、id:meefla さんに探してもらって、どうやらそれがマハーバーラタと関係してるってことなので、去年末からずーっと問題の箇所を探してました。


 で、とうとうマツヤ国の将軍、キーチャカが出てくるエピソードをみつけました。結論からいうと、彼はごく普通のエロいオッサンなので、アディナータ寺院のレリーフとはなんの関係もなさそうです。いちおうあらすじを書きます。

五王子とドラウパディーは変装してマツヤ国に潜入する

 そもそもマハーバーラタというのは、パーンドゥの五王子の長男ユディシティラが、従兄弟のドゥルヨーダナに骰子バクチで負けてしまう話です。ドゥルヨーダナはイカサマで勝って五王子から全財産を奪って森に追放してしまいます。ただし、13年の間、身を潜めていられたら戻ってきても良いという条件で。

 森での隠遁生活 13年目のことです。ここで発見されてはこれまでの苦労が水の泡ですから、五王子と共通の妻ドラウパディーは変装してマツヤ国の王様に仕えることになりました。その変装っぷりはちょっと笑うところです。

 まず長男ユディシティラは博打好きのバラモンに変装しました。五王子は、そもそもこのお兄ちゃんが博打で負けたせいで13年も森を彷徨っているのに、どんな自虐ネタなのでしょう。なお、彼はダルマ王と呼ばれ、法(ダルマ)に厳しい人なんです。決して遊び好きというわけではありません。挑まれた勝負を断るのは王のダルマにもとるので勝負して、たとえ相手のイカサマであっても、負けたら約束通り支払うのがダルマだからといって一族を路頭に迷わせました。おお、ダルマの権化よ。

 次に、力自慢のビーマセーナは料理人になります。大男の力持ちは食べるのも(料理も)好きというお約束はこの時代からあったようです。

 三男で色男のアルジュナは、女形(おやま)として王女たちに歌や踊りを教えることになりました。シヴァ神との勝負に勝ってジャニーズ入り天界で身に付けた歌舞の能力がやっと役に立ちます(あらすじ>http://d.hatena.ne.jp/chinjuh/20111108#p6)。ちなみにこの時代の女形というのは、単に女のふりをするのではなくて、先天的な半陰陽か、男性能力に問題のある人のことを言うみたいです。のちのこのことがちょっとだけ問題になります。

 そして四男のナクラは馬丁(馬の世話をする人)に、五男のサハデーヴァは牛飼いになって王に仕えることにしました。

 最後に五人の共通の妻であるドラウパディーは、髪結いとして王妃に仕えることになります。この時代のインドでは、召使い女は自由に行動できませんでしたが、髪結いだけはかなりの自由があったようです。しかも持ち前の美しさから王妃に気に入られ、つらい仕事などせず遊んでいなさいくらいのことを言ってもらえました。

キーチャカ将軍の横恋慕、ビーマセーナがドラウパディーを救う

 うまくマツヤ国に潜入した彼らですが、そこへ現れるのがキーチャカ将軍です。彼は王妃の弟で、国の中では王様に次ぐ権力者だったようです。王妃のところでドラウパディーを見た彼は、その美しさにすっかり参ってしまいました。彼女が自分の妻になってくれるなら他の妻達は全員奴隷の地位に落とし、自分もまたドラウパディーの奴隷となるであろうとプロポーズしました。

 しかしドラウパディーはすでに五王子の妻ですし、そんな求婚に応じられるわけがありません。彼女は「自分にはガンダルヴァ(半神の種族)の夫がいます」と言って断るのですがキーチャカはそんな言葉に耳を貸さず、なんとか彼女をものにしようと考えます。困ったドラウパディーは、夫のひとりである力自慢のビーマセーナに助けを求めました。

 事情を知ったビーマの怒りは大変なものでした。彼は計略でキーチャカを呼び出して、馬鹿力で握りつぶしてしまいます。キーチャカはまるで亀のように手足と頭が胴体にめり込んでしまうという、恐ろしい死に方をします。

 キーチャカの一族は、こんなことができるのは人間ではないと考えました。召使い女の夫であるガンダルヴァがやったに違いないと。夫がいる身でありながら他の男をたらしこんだ召使い女が一番悪いということになって、ドラウパディーをつかまえて、キーチャカと一緒に火葬にしようとしました。

 それを見たビーマの怒りは頂点に達します。ビーマはガンダルヴァに変装しドラウパディーを救いに行きました。彼を見たキーチャカの一族は髪結いの夫が妻を取り返しに来たと思って逃げ出しますが、ビーマはかたっぱしから捕まえて殺してしまいました。その数105人。キーチャカを入れて106人の死体が横たわったのです。


# というわけで、キーチャカはただの人間でした。頭がひとつ体が五つ、などという怪人ではなさそうです。

キーチャカ将軍の死によりマツヤ国があやうくなる、五王子がついに身分をあかす

 キーチャカはエロオヤジですが、マツヤ国を守っていた将軍でもあります。彼が急死したことで近隣の国々がマツヤ国を狙いはじめます。王様が敵国に拉致されたり、牛が略奪されたり、いろんなことがおこります。そこで今まで能力を隠していた五王子たちが活躍してマツヤ国を救いました。

 そうして約束の13年間が終わった時、五王子はついに自分たちの正体をあかすことになります。マツヤ国の王は大変よろこびました。特に、自分の後継者である王子を守って戦ったアルジュナには、娘のウッタラー王女を妻として迎えてほしいとまで言いました。# ドラウパディーはアルジュナの妻でもありますが、一夫多妻制なのでもうひとり妻を迎えることに問題はありません。

 ところがアルジュナはそれを断って、かわりに自分の息子アビマニユの妻として迎えたいといいます。アルジュナ半陰陽のふりをして王女に踊りや歌を教えていましたから、その間に王女に手をつけたのではないかと噂されれば王女の恥になると考えたのです。そこで、自分の息子の妻として迎えれば純潔を証明できるというわけです(他人のお手付きを息子の妻にする父親はいないってこと)。この配慮にはマツヤ国の王様も大感激。盛大な結婚式をあげ、めでたしめでたし、となります。


 マハーバーラタの物語は、もちろんこの後もまだまだ続きます。キーチャカのことを調べるための読書でしたが、ここまで読んだら続きも読まないとねってことで、わたしのインド読書もまだ続きます(笑)

▲今日書いたのはこの本に出てくるエピソードのあらすじです。マハーバーラタは長い長いながーい物語で、ちくま学芸文庫版だと9巻あります。サンスクリット原典から翻訳されたものですが、完訳というわけではなくて、一部繰り返しの多い説明を省いてあったりします。また、訳者が途中で死んでしまい、残念ながら最後の方が未完になってるそうです。第4巻には、今日書いたキーチャカの話のほか、ラーマ王子が猿の王ハヌーマットの助けを借りて、羅刹にさらわれた愛妻シーター妃を取り戻す話『ラーマーヤナ』や、サーヴィトリー王女が閻魔大王(ヤマ神)と問答をして死んだ夫をとりかえす話『サーヴィトリー物語』などが含まれています。ラーマーヤナと、サーヴィトリー物語は独立したお話なので、そこだけ読んでも話は通じますよ。




ひとつの体に頭が十個の怪人なら出てくる

 『ラーマーヤナ』は『マハーバーラタ』の中に含まれる物語です。物語の中で、登場人物が自分をなぐさめるために聞く物語で、劇中劇みたいなやつです。そのラーマーヤナにラーヴァナという羅刹がでてきます。彼はうまれつき頭が十個ありました。力を得るために断食などのきびしい苦行を続け、しまいには自分の頭をひとつずつ切り取って火にくべるなどということまでしました。

 それを見た梵天は、ラーヴァナの願い通り強い武器を与え、神々や羅刹や龍や、あらゆるものから傷つけられないようにしてやります。ただし、人間をのぞいて。ラーヴァナは人間を軽視していたので、自分が人間によって倒されるなどとはこれっぽっちも思っていなかったのです。

 無敵になったラーヴァナは地上を恐怖に陥れます。そこで梵天の要請でヴィシュヌが人間として生まれ変わります。それがラーマ王子でした。そうとはしらないラーヴァナは、ラーマの妃であるシーター姫をさらい、戦いに発展します。そしてもちろん最後にはやられちゃうというお話です。


 十頭者のラーヴァナもいいビジュアルしてますが、知りたいのは「頭ひとつ、体五つの怪人」なので、全然違う感じがします。

で、結局、頭ひとつ、体が五つの像は一体なんなの?

 最初に書いた通り、ホントに知りたいのは
http://www.superstock.com/stock-photos-images/1566-416358
このサイトにある、頭がひとつで、体が五つある像がなんなのってことです。

 meeflaさんが探してくれたサイト(これ>http://jainsamaj.org/rpg_site/literature2.php?id=2538&cat=40&subcat=123&subsubcat=41)をgoogle翻訳につっこんで眺めてみると、アディナータ寺院のレリーフは、マハーバーラタの物語を題材にしてると書いてあるみたいです。それが本当ならば、関連しているのはキーチャカ将軍ではなくて、五王子たちかもしれません。五人はつねに一緒に行動していますし、ドラウパディーというひとりの妻を共有しています。一致団結してことにあたる五王子を表すシンボルなのかなあ、などと考えます。

 でも、日本語のサイトでアディナータ寺院のことを調べようとしても、マハーバーラタとの関連について書いてる人がほとんどいないし、写真も神々がくんつほぐれつ楽しそうにやってるレリーフばっかりで、物語の一部っぽいものがヒットしませんね。


 というわけで、謎は謎のまま残りました。