ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

獅子殺しの八本足獣アスタパードについて(解決編)

上村勝彦・訳『マハーバーラタ』より

八つのシャーナは一シャタマーナにあたる。獅子を殺すシャラバは八足である。神々のうちヴァス神群は八体であると聞く。一切犠牲祭(サルヴァジュニヤ)には祭柱は八角であると規定される。

 はいはい、獅子殺しの八足獣のことを、まだしつこく追いかけています。上記はアシターヴァクラという幼いバラモンと、その父親を殺したバンディンという弁のたつバラモンの知恵と弁舌の勝負に出てくる一節です。

 「八」にまつわるものとして、シャラバ(शरभ, Śarabha)という生き物が出てきます。ストーリーそのものには関係がないので、獅子を殺す、という説明しかありません。

 शरभ や Śarabha で検索すると、体の一部がライオン(または鹿)であり、また鳥でもあるインドの伝説上の生き物で、足が八本あると説明しているサイトがみつかりました。
http://www.ask.com/wiki/Sharabha

Sharabha (Sanskrit: शरभ, Śarabha) is a part-lion and part-bird beast in Hindu mythology. According to Sanskrit literature, Sharabha is an eight-legged beast, mightier than a lion and elephant and which can kill the lion. Sharabha, can clear a valley in one jump. In later literature, Sharabha is described as an eight-legged deer.

 この通り、谷を跳ね回るとも書いてありますので、どうやらアスタパード( अष्टपाद aṣṭapād )という名前でネパール語の辞書に載っているのと同じもののようです。アスタパードについてはこの記事をどうぞ>http://d.hatena.ne.jp/chinjuh/20111011#p2

 シャラバは、お釈迦様の前世譚であるジャータカにも出てくるらしいです。またシヴァ神の化身としても知られていると書いてあります。阿修羅のヒラニヤカシプを倒すために生まれたヴィシュヌの化身であるナラシンハ(ライオン人間)を鎮めるために生まれてきたのがシャラバであるとか。ということは、シャルベーシャという名前で知られている有翼の獅子も同じものってことですね。

 シャラバは、伝説上の生き物をさすほか、バッタのこともシャラバと言うそうです。バッタは六本足ですが、跳ねるという特徴が一致するからでしょうか。

 獅子殺しの八足獣は、意外と人気があるようで、仏教やヒンズー教の影響下にあるさまざまな国で知られているようです。チベット語ではseng-ge rkang-pa brgyad-pa(八足ライオンの意味)と呼ばれていると、別の記事のコメント欄で教えてもらいました。
http://d.hatena.ne.jp/chinjuh/comment?date=20111011#c

ついでだからアシターヴァクラとバンディンの戦いについて

 先に書いたとおり、アシターヴァクラは幼いバラモンです。わずか12歳ですがその知恵は長老に匹敵するものでした。

 彼の父親もバラモンですが、あまり頭のいい人ではなかったようです。仲間のバラモンから軽視されていました。しかし、人が良いのか師匠には気に入られて、師匠の娘と結婚して、アシターヴァクラが生まれました。

 アシターヴァクラは母親の腹の中にいる時から知恵を発揮します。父親が毎晩熱心に勉強していると、腹の中から「それでは勉強がうまくいってるとは言えません」と差し出がましい助言をしてしまいます。怒った父親は「お前は八肢分折れ曲がるであろう」と言い、生まれてきた赤ん坊はその言葉通りに全身が折れ曲がった障害者でした。そのため、彼はアシター(八)ヴァクラ(曲折)と呼ばれるようになりました。

 修行者とはいえ、子供ができれば何かとお金が必要になります。そこで、ある王様のところへ行き、お金を用立ててくれるようにたのもうとしますが、そこで王に仕えるバンディンというバラモンにあい、知恵比べに負けて殺されてしまいました。

 アシターヴァクラが十二歳になった時、自分の父親がバンディンによって殺されたことを知り、仇を討とうと決意します。そこで王宮へ行き、バンディンとしたのが最初に書いた知恵と弁舌の勝負です。

 この勝負は、数字にまつわることを(おそらくは詩の決まり事にのっとって)代わりばんこによどみなく述べ続ける決まりでした。おそらく彼の父親も同じ勝負に負けたのでしょう。

 アシターヴァクラは見事にこの勝負に勝ち、王様にバンディンを水に沈めるように頼みました。

 すると、バンディンは
「わたしは水の神ヴァルナの子であるから、水に沈められることを恐れない。実は今までバラモンたちを水中に送ったのは、ヴァルナの国で行われている祭祀に招くためである。これから水に入ってあなたの父親を連れて来よう」
と言って、これまで水に沈めたバラモンを全員呼び戻しました。

 アシターヴァクラと父親が再会すると、バンディンは王に別れをつげて水の国に去って行きました。戻ってきたバラモンたちは、以前よりずっと輝きを増していたということです。

原典訳 マハーバーラタ〈3〉 (ちくま学芸文庫)

原典訳 マハーバーラタ〈3〉 (ちくま学芸文庫)

 第三巻には有名なナラ王物語や、聖仙アガスティアの伝説や、鹿角仙人のお話などが収録されています。わたしのあらすじは書いたり書かなかったり気まぐれなので興味がある人はこの本を読んでみちゃってくださいね。ちくま学芸文庫版はサンスクリットの原典からの翻訳です。八巻まであって、そこで訳者が亡くなってしまったので未完ですが、読みやすくていい本です。# ちくま版で未訳の部分は英語からの重訳版が三一書房から出ています。