ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

そういえば新しい本も出てます


備前加茂化生狸由来記(付・現代語訳)

 岡山県に狸を神様として祀る神社があって、魔法宮とか魔法様とか呼ばれてるそうなんですが、その由来になっています。twitterでくずし字のテキストが読めないって呟いてる人がいて、読み始めたら面白くなっちゃって、がーっと作りました。原文をテキスト化したものと現代語訳がついています。

 神様としてまつられている狸は海外から日本に憧れてやってくるのですが、途中いろいろあって人に悪さをする化け狸になってしまうのです。それがさらにいろいろあって、神様として祀られるまでの物語です。

 紙の本ではありません、電子書籍です。Amazonで購入して、キンドルで(スマホ用、パソコン用に無料アプリがあります)読んでください。 Unlimited の会員だと追加料金なしです。そうでない方は今は320円でお買い上げいただけます(ドル相場でやや変動します)。

 みなさまのお陰でhagoromoという縦書き用のエディターを購入いたしまして、今回の本から縦書きになります。しかし、キンドルそのものがビミョーで、こんな縦書きなら横でいいかみたいな感じになっているかもです。

 次回何か作る場合は、PDF化してから出そうかとは思うんですが、たしかAmazonがタコスケさんで、日本語PDFに対応していなくて、場合によっては全ページ画像化してからPDFにしないといけないのかな、という感じです。やってみないとわかりませんが。

 何かおもしろいくずし字の読み物があったら教えてください。わたしがヘッポコなので(専門の学校とか出てないんです。いわゆる独学っていうやつで覚えたので)読めるものと読めないものがありますけど。

動画も作ってみた

 新年あけましておめでとうございます。挨拶が遅い? いや、早いでしょ、旧暦だとまだ十二月だし。今年の旧正月は1月25日なので、俺たちの正月はまだこれからだ!

 不思議な話は大好きで、子供の頃はワイドショーの心霊特集を熱心に見ていたし、矢追純一のUFO特集なんかはもう大好物で本まで読んだりしたものです。未確認生物と妖怪は心の友だし、超能力はいまだにほしいもののひとつです。もちろん神話伝説系も大大大好きなわけです。

 話として面白くて、ロマンさえ感じられれば、ジャンルには大したこだわりはないのですよねえ。ぶっちゃけ布教に来るおばちゃんたちすら追い返さない系なんです。ただし、話がつまんない人は容赦なく追い返しますが

 最近の布教の人はつまんないです。世紀末のころは終末論を信じてる人がけっこういて、布教で有名な証人系の団体だけじゃなく、いろんな宗教宗派の人がうちの戸を叩いたし、駅前で呼び止められるとか、けっこうありましたね。

 でも、二十一世紀になったら終末論がゆるくなったらしくて、布教のためにわざわざ家に来たり、道行く人を呼び止めるくせに神や仏の話もせずに世間話をしようとする人が増えて、ほんとうにつまらないし時間の無駄なので、最近あんまり相手にしないようにしています。

 って、何書いてるんだ、わたしは。

 今年はネットでの活動を活発にしたいなあと思っています。

 手始めに、動画とか作ってみようかなあと思い、昔話をしてみました。

www.youtube.com

 なんで突然昔話かっていうと、実は大昔、ポッドキャストというものが出始めの頃に、昔話の音声配信を短期間だけやってたことがあって、それを再開させてみようかなっていう試みです。

 ただ、話すのが想像以上にへったくそになっていて(昔も下手だったけど!)、長くしゃべりつづけられないので途中で切って続きを録音とかするもので、途中でトーンが変わっちゃったりいろいろしてます。ただでさえへったくそなのが、輪をかけてへったくそな感じなので、これはまずいなあと頭かかえてます。

 ところで、上の動画の「身代わり地蔵」は、わたしがポケモンGO+を握りしめて時々歩く道端でみつけたお話を、ちょっと脚色しました。村で起こった事件を解決するために、名主さんが石の地蔵を犯人にして叩き割る話で、しばられ地蔵の類話みたいなやつなんです。ただ、その壊された地蔵が昭和49年に土を掘り返したら出てきたっていうオマケがついてて、これは面白い、面白いぞ!!っていう感じです。後半に現地の写真なんかも貼ってあります。

 あれ、でも不思議要素はあるかな。うーん、まあ、よかったら見てください。語りが邪魔だったら(邪魔とか言うなーw)画面は字幕なので、音消して見るといいかもです。

 なお、昔ポッドキャストでやっていたものは、今もデータは残ってて、パソコンだったら↓このリンクをドラッグして iTunes にドロップすると全話じゃないかもしれないけと取れるような気がします。スマホはよくわからないです。もともと昔話のあらすじを紹介するメルマガをやってて、そこから派生したものなので、あらすじに毛が生えたみたいな短いのが多いです。
日本みじかい昔話Podcast用RSS
日本みじかい昔話
PodcastRSS

 スマホだと、himaraya とかいうポッドキャストを集めてポータルだって言ってるアプリに捕捉されてるみたいなので、アプリを落として「日本みじかい昔話」で検索すると聞けるかもです。

本を書いてみた

 不思議な話関連で、電子書籍でこんなのを出してみました。蘭藍沐は、珍獣「ららむ〜」にそれっぽい漢字をあてただけでわたしのペンネームのひとつです。どうせ売れないのでブログに貼ってもいいんですが、どっちにしろ誰も読まないなら売ってみようかっていう逆の発想で(謎)


 羊太夫(ひつじだゆう、ひつじのたいふ)は群馬県の伝説に見える超人の名前です。権田栗毛という名馬にまたがり、疾走小脛という従者を連れて、群馬の吉井町から奈良の宮古まで、毎日日帰りしていたと言われています。そんな羊太夫の伝説は、江戸時代にいくつもの読み物になりましたが、これはそのうちのひとつ『羊太夫栄枯記』を現代語に翻訳したものです。


 勝五郎は、幕末に実在した少年で、前世の記憶を持っていたと言われています。勝五郎の話は、平田篤胤がまとめたものが有名ですが、この本は冠山という別の人が勝五郎の祖母から聞き取ってまとめた本です。現代語訳と、古文(くずし字を解読してわたしがテキスト化しますた…)の両方を収録しました。


 Unlimited に加入している人は追加料金なしで読み放題です。それ以外の方はAmazonで購入してからキンドルで読んでください。キンドルはパソコンかスマートフォンに無料でインストールできます。電子書籍です。紙の本ではありません!

 現在どっちも横書きで、あまり(かなり)体裁がよくありません。次に何か出す時は縦書きのもうちょっとまともな原稿を作りたいので、ナントカ言うツールを買いたいであります。5〜6冊売れてくれると買えそうな気がします。

chinjuh(珍獣ららむ〜)

オーロラUFO墜落事件

 1897年4月17日早朝、テキサス州のダラスから70Km、フォートワースから40Kmほど離れた小さな町オーロラに、謎の飛行物体が現れた。それは葉巻き型で町の風車に激突して大破した。しかしその事件が世間に知られるようになったのは1973年に、ある新聞が昔の不思議な事件として記事を掲載してからの事だ。

◇ ◆ ◇

 1897年4月17日早朝6時、オーロラの町の上空に飛行船が現れる。それはゆっくりと低空飛行を続け、故障しているように見えた。やがて飛行船はプロクター判事の家の風車に激突して大破。破片が50m四方に飛び散った。

 乗員は操縦士ひとりだった。遺体の損傷が激しいもののほぼ全身が回収された。それはこの世の者とは思えぬ姿だったという。

 オーロラで米軍通信機関に勤め、天文学の権威でもあるT.J.ウィームスが操縦士の遺体を火星人であると断定する。

 操縦士は航海日誌とおぼしき書類を身に付けており、ヒエログリフのような未知の文字で書かれていて解読できなかった。

 飛行船は大破し構造はわからない。材質はアルミと銀の合金のような未知の金属だった。全体の重さは数トンと見られる。

 なお、操縦士の葬儀は町で執り行われたという。

 後に、ジム・マーズとビル・ケースという二人の地元新聞社の記者がこの事件について町の人たちの証言を集めている。

 事件当時15歳だったメアリー・エヴァンスは、家族と一緒にオーロラに住んでいた。両親は墜落が起きた判事の井戸を見に行ったが、彼女は連れていってもらえなかった。両親から飛行船が爆発したと聞いている。操縦士はバラバラになって死んだが、遺骸を集めた村の男たちによれば、それは小男だったという。彼はその日のうちに共同墓地に葬られたそうだ。ただし、そのことをメアリーは最近まで忘れており、1973年の新聞記事を見て思い出す。

 チャーリー・C・スティーブンスは当時10歳にもならない子供だった。父親と牛の放牧に行く途中で葉巻型の光る物体を目撃。物体は非常に遅く、北へ6Kmほど離れたオーロラの町に向かって飛んで行った。爆発音がして、北の空が数分間炎に染まった。翌日父親が馬で町まで見に行くと、事件現場には引きちぎれた金属と黒焦げの破片が大量にあったという。チャーリーの父の話には操縦士の話題がなく、墜落当日に埋葬されたというメアリーの証言と一致する。

 一方で、何も覚えていないと証言する者もいる。ロビー・レイノルズ・ハドソンは、墜落事件当時12歳で、オーロラの町外れに家族とともに暮らしていたが、飛行船墜落の話はよそから馬に乗って来た男から聞くまで知らなかった。

 事件から48年後の1945年、墜落現場であるプロクター判事の土地をブローリー・オーツとエッタ・オーツという夫婦が買い取り、そこで4年間くらした。夫人は証言する。「畑の中に宇宙船が衝突したらしい場所があり、そこには草一本生えませんでした」

 オーロラを離れてからもオーツ一家は嚢胞や甲状腺腫に悩まされていた。夫人は墜落現場にあった古井戸の水を飲んだせいだと考えている。井戸は放射能で汚染されていると、あらかじめ聞かされていたそうだ。そのような井戸水をなぜ飲んでしまったのだろうか。

 ノース・テキサス大学の物理学者トム・グレイ博士は墜落現場で発見された金属片は、当時の科学では理解しかねる物質であると表明。それは地上に叩きつけられたかのように溶解しており、主成分が鉄であるにもかかわらず、全く磁性を示さなかった。

 記者のマーズとケースは操縦士の墓にも訪れている。それは町の共同墓地にあり、非常に小さく子供の墓のようだったという。墓石は半分破損しており、自然石のようなものを笠石としてのせてあった。かろうじて残っている墓碑には、V字が刻まれており、Vの中に小さな円が三つ刻まれていた。このような形をした墓は共同墓地内には他になかった。また、墓に金属探知器をあてると、大きな金属片が三つは入っていることがわかった。

 彼らは操縦士の墓を掘り起こそうと法的な手続きにとりかかったが、オーロラの住人に反対された。そのせいでしばらくの間、墓地は武装した保安官に見張られていたという。

 警備がとかれたとたん、墓の笠石が盗まれてしまった。墓には穴が三つあいており、金属探知器をあてると以前のような反応がなかった。中に金属があることを知っているのは、ケース記者によれば政府だけとのこと。

 教員をしていたマーズ記者の妻が、警官の息子であるジェームズ・アイデルからあることを打ち明けられる。ジェームズの祖父が操縦士の埋葬を手伝ったというのだ。彼が祖父から聞いた話では、操縦士は身長は約 90Cm くらい。頭が大きく、まさに宇宙人だったという。

 警官であるジェームズの父親もまた思わせぶりな証言をしている。墓の笠石を盗んだ者を知っているが、職務上の秘密で話せないというのだ。

 墓地をあばかれてしまった今、墜落した飛行船が宇宙から来たものだと証明する手段もなく、都市伝説のひとつとして語られるのみだ。

◇ ◆ ◇

 UFOで思い出したので、箇条書きだった過去記事をまとめなおしてみました。『宇宙人UFO大事典―深〈地球史〉』という本からの抜き書きで、本の著者はオーロラで墓の調査をしようとしたジム・マーズ本人です。この人はアメリカでは有名らしく、英語版のウィキペディアにも名前があります。アメリカ版の矢追純一みたいな感じでしょうか。そういえば墓を掘り返そうとしたあたりから政府の陰謀論みたいになって話が少しあやしいです。マーズは2017年に心臓発作で亡くなったとのこと。

ウェストオールUFO事件

 1966年4月6日午前11時ごろ、オーストラリア・メルボルン郊外に乗用車ほどの大きさの銀色の円盤が上空を飛んでいるのをウェストオール高校の教師と生徒350人以上が目撃した。

 アンドリュー・グリーンウッド氏は高校の教師だった。彼がウェストオール高校で体育の授業をしていると、生徒がひどく興奮した様子で空飛ぶ円盤が見えると繰り返す。

 グリーンウッド氏が生徒が指さす方角を見ると、校庭の北東、電線の近くに何かが浮かんでいるのが見えた。

 それは円く、ある者は銀色といい、またある者はうっすら紫色だったと言う。皿のような形で、自動車くらいの大きさだった。またその物体のてっぺんからは金属製の杖のようなものが突き出していたと証言する者もいる。

 グリーンウッド氏が地元の新聞社に語ったところによれば、空飛ぶ円盤は降下して、校庭の南西の隅を横切って南東方向に飛んで行、農場の木々に隠れてしまった。

 その間約20分。学校の授業中とあって、目撃者は200人に達した。ある者は円盤が 1機だったといい、ある者は3機だったとも言っている。

 また、円盤が停泊していると、どこからか5機の未確認飛行物体が現れて、円盤を追いかけはじめた。それは目まぐるしく、衝突しないのが不思議なくらいだったが、やがてすべての飛行物体が飛び去ったと言われている。

◇ ◆ ◇

 ありがちなUFO事件かもしれないけれど、場所が学校で、大勢が目撃している事が印象に残ります。たしか情報ソースは英語版のウィキペディアだったと思います。

ウールピットの緑の子供たち

 12世紀頃、イギリスはサフォーク州ウールピット。

 ある時、地元の者が狼の落とし穴の様子を見に行くと、穴の中に子供が2人落ちていた。慌てて助けあげると、子供たちは緑色の皮膚に覆われ、何語かもわからない言葉で話した。2人は姉と弟で、着ている服もこのあたりでは見た事もないようなものだった。

 子供たちは地元の者にひきとられるが、なかなか食事をとろうとせず、生の空豆だけを喜んで食べた。それでもやがて普通の食事をとるようになり、そのうち皮膚も普通の色になったという。

 その後、弟は病気で死んでしまうが、姉は英語を覚え、自分たちの身の上を語り始めた。姉弟はセントマーティンという所からやってきた。そこでに住む人たちはみな、全身がの皮膚が緑色だった。セントマーティンには太陽の光がとどかず、いつも黄昏時のような薄明かりに照らされていた。そこからどうしてイギリスに迷い込んだかは、どうしても思い出せないという。

 やがて姉は大人になり、さる屋敷に使用人として奉公し、セントマーティンに帰ることなく一生を終えたという。

◇ ◆ ◇

 これもここ数年でみつけた不思議で気に入っている話です。機械翻訳で英語のサイトをいくつか読んでまとめました。なんのきっかけで見つけたのかはもう忘れました。参考にした英語のサイトも覚えてないです。今 Woolpit で検索したら英語のウィキペディアにもありました。
en.wikipedia.org

 ウィキペディアによると、この話は12世紀から13世紀に書かれた「Historia rerum Anglicarum」や「Chronicum Anglicanum」といった、イングランドの歴史について書かれた本に出てくるそうです。当時の民話であるか、歴史的出来事の誤った説明だと書かれています。

キケロの娘

八億年前から来たプリンセス - ネタ袋

 上の記事に書いた話は、どうやら元ネタがあるらしい。それは「キケロの娘」と言われるヨーロッパの伝説だが、神が出てくるような古いものではなく、15世紀に流布した、当時の都市伝説と呼べるようなものだ。

 以下はキケロの娘について当時の人が書き残したとされる文書である。英語の文献を機械翻訳にかけたものを平らな文章に描き直したものである。わたしは英語がろくにできないので、もとにした文献がどのくらい信用のおけるものかはわからない。単純に不思議な読み物として面白いのでメモしておく。


rogueclassicism.com

Antonio di Vaseli の日記より要約引用
 今日、1485年4月19日、カンパーニャ地方カサーレ・ロトンドの近く、サンタ・マリア・ノヴァの農場で千年前に埋葬された遺体が発見された。ローマのコンサバトーリ(行政長官)は棺を街に運ぶために人を派遣した。遺体はコンサバトーリ・パレスに展示され、市民や王侯貴族が見学した。その遺体は没薬やその他の高価な軟膏でできた膠着物質で覆われており、ハチの群れが寄ってきた。遺体は生きていた時と同じ姿で、美しい女性だった。もし膠着物質を洗い流せば遺体は黒く変色してしまうだろう。このように高価な埋葬方法は一般には有りえないものだから、おそらく裕福な貴族の娘であろう。


Daniele da San Sebastianoの手紙MCCCCLXXXV
 アッピア街道で行われた大理石の掘削で地下12フィートから大理石の墓が三つ掘り出された。ひとつは Terentia Tulliola (キケロの娘の名前)のもので、ほかは碑文がなかった。

 墓のひとつには若い娘が入っており、その全身は1インチ(2.5cmくらい)もの厚さの香りのあるペーストで覆われていた。そのペーストは没薬、乳香、アロエ、その他貴重な薬でできていると考えられた。

 ペーストを除去すると、顔が現れ、それはとても美しかったという。1500年前に埋葬されたものだが、亡くなったその日に横たえられたままだった。頭の上で古いスタイルで結われた髪の毛も、まるでその日その場で梳られたようだった。瞼は開け閉めできた。耳や鼻もよく保存され、曲げれば即座にもとに戻る。頬を押すと生きているように色づき離せばもとにもどった。ピンクの唇からは舌も見る事ができた。手足の関節もまだ弾力性を保っていた。その日2万人にも及ぶローマの男女がサンタ・マリア・ノヴァの驚異を見学した。