ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

キケロの娘

八億年前から来たプリンセス - ネタ袋

 上の記事に書いた話は、どうやら元ネタがあるらしい。それは「キケロの娘」と言われるヨーロッパの伝説だが、神が出てくるような古いものではなく、15世紀に流布した、当時の都市伝説と呼べるようなものだ。

 以下はキケロの娘について当時の人が書き残したとされる文書である。英語の文献を機械翻訳にかけたものを平らな文章に描き直したものである。わたしは英語がろくにできないので、もとにした文献がどのくらい信用のおけるものかはわからない。単純に不思議な読み物として面白いのでメモしておく。


rogueclassicism.com

Antonio di Vaseli の日記より要約引用
 今日、1485年4月19日、カンパーニャ地方カサーレ・ロトンドの近く、サンタ・マリア・ノヴァの農場で千年前に埋葬された遺体が発見された。ローマのコンサバトーリ(行政長官)は棺を街に運ぶために人を派遣した。遺体はコンサバトーリ・パレスに展示され、市民や王侯貴族が見学した。その遺体は没薬やその他の高価な軟膏でできた膠着物質で覆われており、ハチの群れが寄ってきた。遺体は生きていた時と同じ姿で、美しい女性だった。もし膠着物質を洗い流せば遺体は黒く変色してしまうだろう。このように高価な埋葬方法は一般には有りえないものだから、おそらく裕福な貴族の娘であろう。


Daniele da San Sebastianoの手紙MCCCCLXXXV
 アッピア街道で行われた大理石の掘削で地下12フィートから大理石の墓が三つ掘り出された。ひとつは Terentia Tulliola (キケロの娘の名前)のもので、ほかは碑文がなかった。

 墓のひとつには若い娘が入っており、その全身は1インチ(2.5cmくらい)もの厚さの香りのあるペーストで覆われていた。そのペーストは没薬、乳香、アロエ、その他貴重な薬でできていると考えられた。

 ペーストを除去すると、顔が現れ、それはとても美しかったという。1500年前に埋葬されたものだが、亡くなったその日に横たえられたままだった。頭の上で古いスタイルで結われた髪の毛も、まるでその日その場で梳られたようだった。瞼は開け閉めできた。耳や鼻もよく保存され、曲げれば即座にもとに戻る。頬を押すと生きているように色づき離せばもとにもどった。ピンクの唇からは舌も見る事ができた。手足の関節もまだ弾力性を保っていた。その日2万人にも及ぶローマの男女がサンタ・マリア・ノヴァの驚異を見学した。