ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

冷笑したくなるような些細な霊障

 今日も今日とて怪談っぽくない怪談を一席。
 感じる程度のことはよくありますが、やはり恐い話にまで高めるには霊にとりつかれて恐い思いをしました、とかじゃないと迫力ないんですよねえ。ところがそういう経験はほとんどないのですよ。いや、知らず知らずのうちに何か影響をうけてるかもしれませんが、なんせ具体的に「こういうものがいる」ってのは感じられないので取り憑かれても気がついてないのかもしれません。

 それでも霊障じゃないかと思えることが一度だけ。

 広島、七月下旬。
 私はそのころ広島やらアウシュビッツやら、悲惨な歴史のあったところに興味があって、何冊も本を読んだりしてました。それでとうとう広島の原爆ドームを見に行っちゃったんですけど、七月下旬といえば、新暦お盆の後ですよ。原爆記念日も近いし。そんな時期にツアーでもなんでもなく、ピンポイントでそういうものを見に行ってしまうなんて、今思うと何もひろってこないほうがおかしいんですよねえ。
 観光中はなんともなかったのに、帰る日の朝からひどい頭痛と熱。最初は風邪かと思いましたが薬も効きません。やばいなあ、しかし取り憑かれたなんて言っても誰も信じてくれないだろうし、知り合いに霊能者もいないし。
 仕方ないので自己流で写経とかしてるうちに三日もしたら調子が悪いのは治りましたけどね。ついてきた人たちが満足してくれたかどうかはわかんないです(そもそも霊障だったかどうかもわかんないし!)。もともと浮ついた気持ちで見に行ったわけじゃないので恨まれる理由もありません。いずれ消えると思ってました。

 どうせなら「物音にふり返ると、そこに焼けただれた赤ん坊が…」とかやれば怪談になりそうですが。そういうのはまったくありませんでした。心霊体験談ではなく「怪談」の募集だから、体験に基づいていれば作ってあってもいいのかもしれません。でも、ないもんはないんですよねえ。

 あ、そうそう。素人考えで写経とかすると余計なものが寄ってくるから危険だってよく言いますが、私は当時からお経読んだりするのが好きだったのです(読む≠詠唱、読書と同じように読む)。普段からやってることの延長なので、そんなことで問題が起こっても、はあ、そうですかーって感じですからねえ?

 ここまで書いて冬の怪談の昨日分のトラックバックを見に行きました。先日、ミイラにタクシー代わりにされたって方が、「うろつく幽霊な人々」っていう話をトラックバックなさってます。それを読んで気づいたのですが、ワタクシには「霊を恐いものとして捉える」という基本的な部分か欠けているのかも。
 この気配は霊かもしれない、この頭痛は霊障かもしれない、と思っても、自分にゆかりのないものならそのうち消えるから平気って思っちゃう。怪談として成り立たせるためには、霊らしきものに向かって「消えてください」と必死で呼びかけたりしないといけないんだな。うんうん。
 今日のもぜんぜん恐くないけど、参加者が増えてないみたいだから賑やかしに送っとこ。たぶんこの企画自体を知ってる人が少なくて、継続して見てる人があんまりいないんだと思います(リンク元の記録から推定して50人前後かな)。公募好きのみなさん、穴場ですよ、穴場。面白い怪談をぜひ読ませてくださいませませ。