ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

ヒマラヤの伝説

ヒマラヤの伝説 (山の民話・伝説傑作集)

ヒマラヤの伝説 (山の民話・伝説傑作集)

 著者の藤木九三は登山家でジャーナリストです。序文によると、チベット探検家として知られるソエル大尉夫人とサイヴィール女史が収集した『チョモランマの魔鳥』 The Magic Bird of Chomo-Lung-Ma という伝説集から題材を選んだとあります。翻訳ではなさそうなので、かなり脚色されているかもしれません。1940年に発表されたものを仮名遣いを改めて出し直したものだそうです。

収録作1:チョモランマの魔鳥

 チョモランマの魔鳥は魔物たちの王で、チョモランマ(エベレスト)の天辺に住んでます。体が金色に光り、目はルビーのように赤く、とさかや尾羽には宝石が飾られており、人の言葉を話し、あらゆる宝石を自由に出す力を持っています。また、魔鳥の城は氷の洞窟の中にあって、その奥深くには命の水と、その水を汲むためのコップがあります。そのコップで命の水を飲めば死んだ者さえ生き返るのです。ある若者がこの鳥を求めてチョモランマに登りますが帰ってきませんでした。若者に恋い焦がれる妹のために二人の兄がチョモランマに登りますが……??? 


 まるで『火の鳥』みたいな話です。ちなみに火の鳥は1955年が最初らしいのでこっちの話が先です。手塚は火の鳥をストラビンスキーのバレエからとったと言ってるし、フェニックスの伝説なんかも当然参考にしてるんですが、もしかしたらこの本も読んでるんじゃないのかな。

収録作2:野狐の仁義

 山羊と羊が岩塩を求めて旅をしていましたが、狼が山羊を食べてしまいました。羊は自分だけ残されても生きている甲斐がないと言って、野狐に狼を懲らしめてくれたら自分を食べてよいと言いました。野狐は喜んで羊を食べてしまい、そのかわりに狼をやっつけに行きます。

収録作3:黄金の椅子

 チベットの古い宗教の指導者であるポムボ喇嘛と、チベットに仏教をもたらしたパドマ・サンバーヴァの魔法勝負の話です。ポムボは魔法の太鼓に乗って頂上を目指しますが、パドマ・サンバーヴァは朝日に飛び乗って一瞬で頂上に降り立ちました。この時パドマ・サンバーヴァが座った黄金の椅子は今でもエベレストの天辺にあると言われていて、西洋の探検家がエベレストを目指すのは、その椅子を探しているからだとチベット人は信じているそうです(ヒラリーがエベレストの登頂に成功したのは1953年)。

収録作4:猿知恵

 沼に落ちてはい上がれなくなった猿が大きなメス虎に「助けてくれたら自分の肉を食べていい」と頼みます。食べられたら死んでしまいますが、溺れて死ぬよりマシだというわけです。メス虎は猿の浅知恵のおかげで良い獲物を拾ったと思い込み家に連れて帰りますが、虎が火をおこしている間に強風が吹いてきて、近くに生えていた竹がしなります。猿はその竹につかまってピューンと飛んで逃げてしまいました。虎がもどって来た時には猿はいなくなっており、あたりには足跡も匂いもありません。猿を馬鹿にしていた虎は、馬鹿だったのは自分だったのかと空きっ腹をかかえて眠りました。


 日本の昔話に『猿の生肝』というのがありますが、それに近い話だと思います。日本版だと生肝を取りに来たクラゲに「生肝ならば差し上げますが、今日はたまたま洗濯をして干しっぱなしにしてきてしまいましたから、取りに行ってまいります」とか言って逃げるので騙しっぷりが面白いんですが、ヒマラヤ版は猿に知恵があるというより虎が馬鹿だっただけなので、いまひとつ面白みにかけます。

収録作5:蛙と虎

 チベットに住む蛙とネパールに住む虎が、それぞれ旅をしているうちにヒマラヤの山中で出会います。好奇心の強い蛙は虎に言いました「あなた様はなんという生きもので、何を食べて生きてらっしゃるんです?」その問いに虎が答えます「わしは百獣の王である虎で蛙が大好物じゃ」そこで蛙は澄ました顔で言いました「わたしは蛙ですが、チベットでは虎を食べております、その証拠にほら」そう言って、蛙はさっき水を飲んだときに喉にひっかかった虎の毛を吐き出してみせました。虎は驚いて逃げて行きますが……??


 「猿知恵」より先にこっちを読んだほうが面白いのかもしれません。虎は体が強くて威張っているけれど、実は頭がそんなに良くないという設定があるんですね。このあと虎は恐怖に駆られて愚かなことをし続けて終わります。小さくても頭のいい蛙は故郷に帰って虎をおっぱらった話を仲間に自慢するのでした。

収録作6:旅商人とスクパ

 スクパというのは半人半獣で恐ろしい悪魔面をしています。眼光が鋭くその目の輝きで真夜中でも昼間のように照らし出します。手がへんてこに曲がっていて、前身が黒い毛に覆われています。山の高いところに潜んでいて、手足を箍(たが)のようにまるめてすごい速さで山を転がり降りて、人や家畜に飛びかかって襲います。スクパは神にも悪魔にも属さない魔性のものです。滅多に人前には現れませんが、もし出会ってしまったら悪魔よりも恐ろしいと言われています。なぜなら、悪魔は神仏の力で調伏できますが、悪魔じゃないものは人間が自分の力だけで立ち向かわなければならないからです。

 ある旅の商人が、山の中でスクパに出会います。彼は短剣や毒矢でスクパを倒そうとしますが、なぜかスクパの前では短剣は鞘から抜けなくなり、矢は箙(えびら)から引きだせなくなってしまうのです。小石を拾って投げつけようとしても、なぜかスクパの前では持ち上げられなくなってしまうのです。そこで商人は指にはめていた獣骨の指輪をスクパに見せて「これはとっておきの秘密兵器だ」ともったいつけて見せるのでした。秘密兵器に興味をもったスクパは、それはなんという名前のものだとしきりに聞きますが、商人は焦らして「あるものだよ」としか教えません。そうしてスクパが近づいてくると、指輪をはめた拳でスクパの目をしたたかにうちすえ、ついに退治します。しかし、朝になってみると、スクパを倒したその場所には野牛が一頭倒れているだけで、スクパの姿はありませんでした。


 日本の昔話でいうと『さとりの怪』みたいになりそうな話ですが、倒し方や結末がひとつパッとしません。獣骨に意味があるのか、単に知恵で騙したと解釈すべきなのか、野牛はスクパの正体なのか、あるいはスクパの身代わりなのか…??

収録作7:兄弟巡礼と巨人

 あるところに貧しい兄弟とその祖母が住んでいました。祖母はすでに寝たきりで、誰かが世話をしてあげないとくらしていけません。おまけに弟は少し頭が弱く、兄がよく指示してやらないと何ひとつ満足にできないのです。

 ある時、兄は弟に陸稲畑の様子を見てきてほしいと頼みました。弟が見に行くと、陸稲には白い花が無数についていましたが、それを蛆だと思った弟は、ほうっておいたら大変な害があると陸稲を全部刈ってしまいました。

 家に帰ってそのことを自慢げに話す弟を見て兄は首をひねります。前日見に行った時には陸稲は元気に育って花を咲かせていたのに。そこで兄はお婆さんの世話を弟にいいつけて畑を見に行くことにしました。お婆さんは寒さで震えていらっしゃるのでお湯で足を温めてさしあげなさい、くれぐれも冷やさないように、ちょくちょく湯加減をみてさしあげるのだよと。

 兄が畑を見に行くと、花をつけた陸稲がすっかり刈り取られているのを見て、弟の馬鹿さかげんに落胆します。そして家に帰ってみると、お婆さんが熱湯の桶の中で歯を剥き出したままのけ反って動かなくなっているのです。兄は「お前のせいでお祖母さまが死んでしまわれた」と怒って弟を殴りつけますが、そのはずみで桶が倒れてお婆さんが地面で顔を打ちました。弟は「お祖母さまは歯を見せて笑うほど喜んでおられたのに、兄さんが酷いことをするので死んでしまった」と言って怒るのです。

 完全に失望した兄は、お弔いを済ませると、少ない財産を弟にゆずって自分は巡礼の旅に出ようとしますが、弟がひとりにしないでくれと泣いてすがるので、ふたりで巡礼の旅に出かけることになります。旅の途中に立ち寄った宿で「あの山に登るのなら必要だから」と太鼓、やっとこ、石地蔵、短剣、豚など、なんの役にたつのかわからないものをもらいます。

 やがて兄弟はすばらしく豊饒な谷を通りがかりますが、そこには巨人が住んでいて、美しい人間の女が巨人の妻として仕えているのです。そうとは知らず兄弟はその家に宿をたのみ、女は自分の夫は巨人だからみつかったら殺されますといって断りますが、兄弟がなおも頼むのでかくまってやることにしました。

 そこでまた弟がハプニングを起こし、巨人にみつかってしまいます。賢い兄は、旅の途中でもらったなんの役にたつのかわからない品々で巨人を撃退し、とうとう倒すのでした。兄は巨人の妻だった女と結婚し、愚かな弟も兄夫婦の庇護のもと、末長く幸せに暮らしました。


 後半の巨人を撃退する場面も面白いんですが、前半で語られる弟の容赦ない馬鹿っぷりが印象的なお話です。
 これも日本の昔話に類話があります。鬼のすみかに迷い込んだ兄弟が鬼の母親である老婆にかくまわれて難を逃れ、幸せになるという話です。



 ヒマラヤ関係で探し物をしているので読んだ本です。探し物はみつからなかったけど面白かったので詳しく書き留めました。