ネタ袋

不思議なことや、勉強になりそうな事を書きとめておくブログで、かつては日常の記録としても使われていたことがありますが、これからは不思議な話等をごくごくたまーに更新するかもしれません。

8月1日の日記

 曇り。たまに雲が切れて青空が見えてもすぐまた曇ってしまう。東京の最高気温は27度。動かずにいればそう暑くはないけれど、少し歩くとやっぱり暑い。そんな一日。夜は涼しくなって扇風機なしで眠れました。

今日から8月

 一日のことを朔(さく)と言うので八月一日ならば八朔(はっさく)です。ハッサクという果物は、旧暦の八月一日に食べごろになるからハッサクです。今年の旧八朔は8月29日です。

バッタを取りに行った

 ウシなんとかさん(カエル)に食べさせようと、バッタを取りに行きました。まだトノサマバッタはいなくてショウリョウバッタばかりです。ショウリョウバッタは漢字で書くと精霊バッタです。旧盆の頃に現れるからっていうのがよく耳にする由来です。

 子供の頃に同じ虫を「ショウジョウバッタ」とも呼んでましたが、単にショウリョウが訛っただけだろうと思っていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%BF
 なにげなくウィキペディアを見たらショウジョウに「霄壤」という字をあてて、オスとメスの大きさの違いを言ってるんだと書いてあります。マジなんですかね。きっとそういう説を唱えている人もいるんでしょうが、なんとなくこじつけくさく感じてしまいます。昆虫の名前というのはもっと感覚的なものだと思うんです。色とか形とか、大きさとか。そういう意味ではショウリョウなんかも特殊ではありますが。

 それはともかく、大きなメスを 1頭、オスを 3頭ばかりとってきて、ウシなんとかさんにやりました。メスなど体長で10センチくらいあるのにぺろりと食べてしまいました。ウシg(ryって本当におそろしい。

公園のトイレ

 バッタ取りの途中でお腹がいたくなり、公園のトイレを使ったんですが、紙はあるのに引っ張っても出てこず切れてしまうんです。ムカっ、と来て、ロールの側面に爪たてて 1センチくらい紙をむしり取って直径を小さくしたらクルクル回るようになりました。中で何かがあたっていて、新しいペーパーを入れるとまわらないようになっているみたい。

 西水元図書館の近くにある川沿いの公園なので、通報先は葛飾区かな、と思い、もう少しで直せって苦情の電話をかけそうになりましたが(だって税金使って掃除や紙の補充をしてるのに使えないんじゃ無駄だもん)、多目的トイレの壁に、荒らされるので利用を停止したと書いてあり、通常のトイレもできれば閉鎖したいんだろうと思って苦情はやめました。

 そういえば、公園のトイレって一晩中灯がついてるから、不良がたまり場にして五月蝿いってよく聞きますね。たまに放火されちゃったり、便器を壊されちゃったり、なんかいろいろするみたいです。よっぽど暇な不良青少年がいるんだなって思います。

地震

 夜中にまた大きめの地震がありました。今回は震源駿河湾だそうです。東海地震の前兆ではないという発表があったようですが、ちょっと心配です。

なんの報告かわかりませんが:下町のこと

 ちょっと前に、twitterで「月島を下町というのに柴又や亀有はなぜ下町じゃないんだろうって思ってたことがある。群馬育ちのわたしにはどっちも同じに見える」という意味のことをツイートしたところ、いくつか返信をいただいてたみたいで、他の返信にまぎれて気づかないうちに時間がたってしまいました。

 そのうちのひとつは「葛飾だって戦前から下町だった」というものです。もともとわたしにはどっちも同じに見えるので、この意見には共感を覚えます。でも、この意見が全てでもなさそうです。葛飾区は下町じゃないという人があきらかにいますから。

 15〜20年くらい前に、下町探訪が少し流行ったことがあり、テレビで月島だの浅草だの、あのへんをよく紹介していました。その時「浅草あたりがいいなら、柴又だって面白いんじゃないのかな。なんで紹介しないんだろう」みたいなことを口走っていたら、まわりにいた人たちに「あのへんは下町とは言わない」と言われました。なんで違うのかと聞いてもモゴモゴって感じでよくわかりませんでしたが、まず葛飾あたりは江戸時代に江戸じゃなかったことなんかがあげられるみたいでした。ようするに下町っていうのは町だけど、葛飾区は村だろう的な大ざっぱなイメージのようです。

 そういった体験を短めに書いたのが「なぜ島旗や亀有は下町じゃないのかって思ってたことがある」なので、戦前から下町だったと言われても「違うって言う人がいるんだもん」としか言えません。

 もうひとつ別の返信がありました。「書ききれないのでtwitterを読んでください」というものでした。残念ながらtwitterの関連項目はとっくの昔に斜め読みしてるのですよねえ。

  • 武家の町である山の手に対して、商工業が盛んな下町、という役割の違い。江戸時代の葛飾は農地だったと思うので、その分け方で言っても下町じゃないんでしょうね。
  • 東京市の内側までが下町で、その外側は違う。葛飾区は東京市が廃止されるまで区ではなかったので、その分け方で言っても下町じゃなさそう。
  • 近年は旧東京市の外側も下町と呼ぶことがある。この基準でいうと葛飾区は下町。

こんな感じだと大ざっぱに理解しています。理解した上での「と思ってたことがある」なので、どうせ突っ込むなら「自分はこういう理由で葛飾を下町"だと思っている"|"とは思っていない"」と教えていただきたかったなあ、なんて思いました。


 ってことで、気づかなかったふりをして個別の返信はしないことにしました、という報告。