仙台の不思議な夜
ココログとはてなダイアリーの共同企画「ブログる場合ですよ」で恐い話の大家・稲川淳二が怪談のトラックバックを募集しています。詳細はここ。優秀作品にはオリジナル除霊商品プレゼントだそうです。
恐い話…
ワタクシの場合、普段から霊が見えるということはないのですが、一度だけどう考えても奇妙な体験をしたことがあります。
それは今から15年ほど前のこと。季節は秋だったと思います。寒くもなく、暑くもなく、いいぐあいの季節。私はある集まりの合宿で仙台の旅館に泊まりました。
合宿といっても大人の集まりですから、その夜は宴会でいくらかお酒が入っていたことは認めます。けれど、ビールを二本ばかり飲んだだけですから、普段の自分ならば決して酔いつぶれる量ではありません。
ところがその日はやけに悪酔いする日でした。飲んでいるうちに、私はたいした理由もなく急に泣き始め「もういい、寝る」と宣言して部屋にもどりました。
布団に入ってどれくらいたったでしょうか。急に目が覚めてあたりを見回すと、部屋は真っ暗で同室の人たちもすでに寝ていました。
遠くからボーンとひとつ、柱時計の音がします。
布団に入ったときには零時をすぎてましたから一時ではないでしょう。何時だかわかりませんが、三十分の合図だと思います。
私は急にトイレに行きたくなって、布団から這いだしました。
部屋にトイレはありません。廊下の途中に共同トイレがあり、入り口にはウッドビーズの暖簾がかかっています。暖簾をかいくぐり、いくつかあるうちの一番奥の個室に入りました。
和式の水洗便所でした。よいしょとしゃがみ込んで用を足していると、
ジャラジャラ…
ウッドビーズがぶつかり合う音がします。誰か入ってきたようです。
私は瞬間的に「あの人は私が今しゃがんでいるこの便所を使おうとする」と思いました。ほかの個室は開いているはずなのに、なぜかそんな確信がありました。
ズルッ、ペタ、ズルッ、ペタ…
その人は便所のスリッパを引きずりながら近づいてきます。やけに気だるい足取りです。よっぱらっているのか、寝ぼけているのか、そんな感じの足取りでした。
そして、思ったとおり私が用を足している個室の前で立ち止まりました。人の気配がするだけでなく、扉の下の隙間から陰が見えています。
その人は、何をするでもなく、じっと立ちつくしています。
私はすぐに立ち上がれず、さりとてこのまま扉越しににらみ合うというのも息がつまります。相手は酔っているか寝ぼけているかのどちらかなので、ほうっておいたら無理に扉をあけようとするんじゃないかと思いました(鍵はついていましたけどね)。
それで、内側からトントンと二度、扉をノックしました。入ってますよ、という合図です。
すると、その人は、来た時と同じように、気だるくスリッパを引きずりながら出て行ってしまいました。
私は急いで用をすませて個室から出ました。ウッドビーズの暖簾越しに廊下に顔を出してみましたが、もうそこには誰もいませんでした。
わざわざトイレに来て、何もせずに帰ってしまうなんて。
おかしいとは思いましたが、その時は大して気にしていませんでした。
部屋にもどり、もう一度寝ようとしましたが、なぜか少しも眠れません。
ぼーんぼーんぼーんぼーん…
柱時計が四時を告げました。
私はもういちど布団から這い出して部屋を出ました。
階段のところまで来ると、三階から女の人が下りてくるのが見えました。旅館の浴衣の上に、ベージュのカーディガンをはおっています。
知らない顔でしたが、その夜はほとんど貸し切りだったので仲間だろうと思いました。 お早いですね、と声をかけようと、小走りに近づいてゆくと、その人は、たいして急いでいるふうでもなく、お供たてずにすーーーーっと階段を下りて行きます。
私はもう、ほとんど駆け下りるようにして追いかけていきましたが、なぜかちっとも追いつきません。やっと一階までおりたとき、女の人はもう五メートルも先を歩いていて玄関から外へ出て行くところでした。
玄関ホールには電気がついていましたし、もう朝の準備が始まっているのか玄関は開け放ってありました。でも外は真っ暗です。
「あ、あれ…??」
帳場から旅館の人が出てきて、やはりヘンな顔をしながら女の人の後ろ姿を見ていました。私たちは今のは一体なんだったのだと無言のまま顔を見合わせましたが、深く追求するのはやめました。
私は部屋にもどりました。
夜が明けてからみんなに話したけど、誰も信じてくれません。笑いながら夢でしょって言われたけど、本当ですよ。ちゃんと目が覚めていましたし。でも、恐い話ではないですね。今思い返しても別に恐くはないんです。あれはなんだったんだろうと、ただただ不思議な気持。サイン本が欲しいからとりあえずトラックバックしとこうかな。